Breast cancer--乳癌の診断と治療

 

乳がんの分子生物学

乳がんは必ずしも均一ではなく, heterogenousな疾患単位であるが, 基本的には点変異, 染色体増殖, 欠失, 再構成, 転座, 重複などの遺伝的異常が徐々に蓄積することが原因となる.*1*2

生殖細胞系列変異は全乳がんのおよそ10%にみられ, 大部分は散発性で, 体細胞の遺伝子異常に起因すると考えられる.

遺伝性乳がん

breastCa-her.jpg

乳がんのリスク因子で最も重要なもののひとつは家族歴である. 家族性乳がんは全乳がんの全体の20%を占めるが, その原因遺伝子の多くは同定されていない.

乳がん感受性遺伝子(右図*3)は, 頻度と発症の可能性により

  • 1. 低頻度で高浸透率(=発症可能性大); ''BRCA1/2, TP53, PTEN, CDH1, STK11/LKB1
     
  • 2. 低頻度で中浸透率; CHEK2, BRIP1, ATM, PALB2
     
  • 3. 高頻度で低浸透率; FGFR2, TOX3, LSP1, TGFB1, MAP3K1, CASP8, 6q22.33, 2q35, 8q24, 5p12.
    の3種類に分類される.*4

家族性乳がんは全乳がんの20-30%を占める. BRCA1とBRCA2は遺伝性乳がんおよび卵巣癌症候群に関連する主要な高浸透率遺伝子であり,合わせると遺伝性乳がんの半分近くを占める.
またCHEK2, TP53, PTEN, STK11などの, まれな乳がん感受性遺伝子が同定されている.

ゲノムワイド関連解析により同定されたいくつかの低浸透率遺伝子や座位が家族性乳がんの一部(5%未満)に認められる.

家族性乳がんの約50%はまだ原因が明らかにされていないが, まだ同定されていない遺伝子あるいは多因子感受性により発症すると推察されている.

 

mark-R.jpg その他の高リスク, 低頻度の乳がん感受性遺伝子としてTP53, PTEN, STK11/LKB1, CHD1が認められている.

  • これらの高浸透率遺伝子により乳がん発症率は 8〜10倍に上昇するが, 合計で乳がんの1%未満にみられる程度.
  • 常染色体優性遺伝し, がん抑制遺伝子として機能している.
  • それぞれの遺伝子がかかわる遺伝性がん症候群は通常は乳がんだけでなく, がんの多発を特徴としている.
     

mark-Or.jpg 中浸透率, 低頻度の乳がん素因遺伝子

  • CHEK2, ATM, BRIP1, PALB2の4遺伝子が知られ, 乳がんの発症リスクを中等度に上昇させる.
  • 各々の変異は乳がん発症率リスクを2〜3倍程度に上昇させる. 臨床条件によってはさらに高い可能性もある
  • 一般集団の頻度は0.1〜1%と低い. いくつかの創始者変異も知られており, 合計すると遺伝性乳がんの2.3%を占める.
  • これらの遺伝子はシグナル伝達での役割や, DNA修復におけるBRCA1/BRCA2との強い関連が知られ, 乳がん遺伝子候補として特に選択的に研究された.
     

mark-B.jpg 低浸透率, 高頻度の乳がん素因遺伝子

  • genomewide association study(GWAS)により, 乳がん女性の15〜40%におよそ10個の低リスクアレルあるいは座位が確認された.*5
  • 高頻度であるが, それぞれの遺伝子変異単独の相対リスクは小さく, 1.5未満である.*6
  • 他の高, 中, 低リスク遺伝子との相互作用がある場合は, 臨床的に重要な意味をもち, 相加的相乗的効果が測定可能なリスクとなりうる.
  • BRCA家系におけるFGFR2とMAP3K1の関連研究ではこれらのSNPはBRCA2変異存在下で乳がんリスクを上昇させる可能性があることは上記の例となる.

mark-B.jpg マイクロサテライト不安定性と乳がん

  • Lynch症候群は, MLH1, MSH2, MSH6, PMS2などのDNAミスマッチ修復(mismatch repair;MMR)遺伝子の生殖細胞系列変異による発がん感受性の常染色体顕性(優性)遺伝性疾患--->Lynch症候群?.
    乳がんのリスクも高いことが明らかになってきている.*7
  • 変異キャリアは大腸癌に関してはリスクが増大するが, 乳癌についてはcontrovertialな状態.
  • MMR変異保有者と非保有者間でがんリスク評価が行われ, 変異保有者は一般集団と比べ乳癌リスクが4倍と推定された.*8
  • Lynch症候群変異保有者の乳癌リスクの体系的総説では*9.
    Lynch症候群の乳癌リスク評価には, より長期の観察期間にわたる研究を必要としている.

mark-B.jpg マイクロRNA(miRNA)と乳がんの発がん感受性

  • 最近の研究によりmiRNAのSNPが乳がん感受性に関係することが示唆されている.
  • miRNAは標的のmRNAを分解したり, その翻訳を抑制したりすることで多くのがん抑制遺伝子やがん遺伝子を制御していると考えられmiRNAやmiRNA結合配列の多様性により, がん抑制遺伝子やがん遺伝子の発現, ひいてはがん感受性が影響を受けると推察される.
  • 乳がんに関与するものとして, pre-miR-27aとpre-miR-196a-2遺伝子内の特定のSNPは乳がん発症リスクの低下にかかわることが最近のメタ解析により確認されている. *10*11
 
 

BRCA1 and BRCA2

BRCA1, BRCA2--高浸透率, 低頻度の乳がんの素因となる遺伝子.

BRCA1とBRCA2の変異は, 顕性(優性)遺伝する遺伝性乳がんの約50%に認められる. 変異保有者は一般集団ではまれだが, 特定の集団(i.e. アシュケナージ系ユダヤ人)では頻度が高いことがある.

変異により乳がん相対リスクは一般集団の10〜30倍となり, 乳がんの生涯リスクはほぼ85%となる.*12

BRCA1とBRCA2の生殖細胞系列変異には1000以上の変異が同定されている. 原因となる変異により多くの場合短いタンパク質が生成されるが, タンパク質機能喪失をきたす変異も認められる.*6*5

BRCA1とBRCA2変異の浸透率とがん発症年齢は, 家族内, 家族間で多様. BCRAの特定の変異に加えて, 遺伝子間相互作用や遺伝子-環境間の相互作用がBRCAによるがんリスクをどのように変化させるか盛んに研究されている.*13*14

  • BRCA1変異保有者とBRCA2変異保有者では, 異なる修飾遺伝子(genetic modifiers)によりリスクの多様性が生じている可能性がある.
  • 一塩基多型がBRCA1/BRCA2の修飾因子としてよくみられ, これらの修飾SNPが相乗的に作用し, risk alleleの数に応じて変異保有者のリスクを有意に変化させている可能性が報告されている.
  • 頻度の高い乳がん感受性アレルがBRCA1/BRCA2変異保有者に与える影響を前向き研究でしらべ,
    BRCA2関連多型7つと, BRCA1関連多型4つがスコア化され, 3群に分類されている.
  • BRCA2変異保有者では3群間で乳がんリスクが有意に異なり, 最も高い群で, 70歳までに72%の発症率であったのに対し, 最も低い群では20%であった.
  • BRCA1変異キャリアでは乳がんリスクは3群間で有意な違いはみられなかった.
     

BRCA1関連乳がんは, BRCA2関連乳がんおよび散発性乳がんとは異なる特徴をもつ.

  • 典型的には若年で発症, 進行が早い.
     
  • 組織学的に高悪性度で, 増殖率が高い. 異数体でありER-, PgR-, HER2-のトリプルネガティブ.
     
  • triple-negativeのphenotypeは, さらに, CK5/6, CK14, CK17, EGF, P-cadherinの基底細胞様(basal-like)遺伝子発現プロファイルを特徴としている.*15

BRCA1とBRCA2は多機能の大きなタンパク質をコードし, 主に相同組み換えによるDNAの二本鎖切断の修復を進めることでゲノム安定性を維持し, 古典的ながん抑制遺伝子として機能している (下記)*15*16

では、若年婦人において, BRCA遺伝子変異を持つ乳癌の予後は良いのか悪いのか?

mark-Or.jpg BRCA変異陽性乳癌の予後は,BRCA陰性の一般の乳癌と比べて決して悪くないことがBRCA遺伝子変異陽性と陰性の乳癌の方の予後を前向きに長期調査した研究により示されている. *17

この試験はイギリスで40歳以下で浸潤性乳癌と診断された患者さんの生殖細胞系でのBRCA遺伝子変異を調べて,変異を持つ症例と,持たない症例の予後を前向きに観察する研究.

  • BRCAの生殖細胞系での病的遺伝子変異を持った患者さんが338人(12%)で,201人がBRCA1遺伝子変異陽性(BRCA1陽性),137人がBRCA2遺伝子変異陽性(BRCA2陽性)であった.登録された患者背景で,BRCA陽性と陰性の患者さんのBMIに有意差はなく,人種に差はなかった
     
    病理組織学的背景
  • 腫瘍径はBRCA陽性乳癌と陰性乳癌で有意差はなく,BRCA1陽性乳癌(平均21mm)はBRCA2陽性乳癌(平均25mm)よりも小さい傾向があった(P=0.06).
  • 組織学的悪性度はBRCA陽性の方がBRCA陰性よりも悪性度が有意に高く(P<0.0001),BRCA1陽性の方(G3が91%)がBRCA2陽性の方(G3が69%)よりも悪性度が有意に高かった(P<0.0001).; (組織学的悪性度は予後因子として貢献していない??)
  • BRCA陽性の方(51%がER陰性)はBRCA陰性の方(31%がER陰性)よりもエストロゲンレセプター(ER)陰性が有意に多く(P<0.0001),BRCA1陽性の方(76%がER陰性)はBRCA2陽性の方(15%がER陰性)よりもER陰性乳癌が有意に多かった(P<0.0001)
  • HER2陽性乳癌は,BRCA陽性乳癌で9%に対して,BRCA陰性乳癌では30%と有意な違いを認めた(P<0.0001)
  • TN(トリプルネガティブ乳癌)の割合は,BRCA1陽性乳癌で61%,BRCA2陽性乳癌で10%と有意に異なっていた(P<0.0001)
  • リンパ節転移陽性はBRCA陽性乳癌で45%に対して,BRCA陰性乳癌で53%と陰性患者の方が有意に高かった(P=0.013). BRCA1陽性では36%に対して,BRCA2陽性では59%とBRCA2陽性乳癌で有意にリンパ節転移が多かった(P<0.0001)
     
    治療と予後
  • 周術期化学療法(術前・術後)が施行された割合は,BRCA陽性乳癌で94%,BRCA陰性乳癌で88%と有意差があった(P=0.0058)
    手術の術式はBRCA陽性と陰性で差はなかったが,BRCA1陽性乳癌(53%が温存)はBRCA2陽性乳癌(31%が温存)と比べて有意に温存手術の割合が高かった(P=0.0004)
    化学療法のレジメンに大きな違いはなかった.多くがタキサン系抗がん剤のない,アンスラサイクリン系抗がん剤の投与であった.
  • 平均観察期間8.2年で,91人(3%)がロストフォローアップであった.対側乳癌が151人発生して,BRCA1陽性で37/201 (18%)で,BRCA2陽性で17/137 (12%)であった.BRCA陰性乳癌の方が,97/2395 (4%)であり,BRCA陽性乳癌の方が対側乳癌の発生の割合が高かった.
    対側乳癌の発生のタイミングは平均で3年であった. 全体の752人(28%)が遠隔転移をきたし,678人が死亡した.そのうち651人(96%)が乳癌が原因での死亡であった.
  • 2次癌での死亡例がBRCA1陽性患者で6人(3%)(卵巣癌3人,腹膜癌1名,食道癌1名,膵臓癌1名),BRCA2陽性乳癌では一人もなく,BRCA陰性乳癌で12名(<1%)であった
     
    BRCA遺伝子変異陽性と陰性の方で生存率に有意な違いはなく,
  • 2年の生存率はBRCA遺伝子変異陽性が97%,陰性で96.6%,
  • 5年では83.8%と85%,10年では73.4%と70.1%であり,HR:0.96 (95% CI:0.76-1.22; P=0.76)で統計学的な有意差はなかった.
  • TN乳癌(トリプルネガティブ乳癌)が558人いて,''BRCA遺伝子変異を持った方(136人) の2年の予後は,陰性の方の予後よりも良好であった(95% vs 91% : HR 0・59 [95% CI 0・35?0・99]; P=0・047). しかし,5年,10年での予後には統計学的な差は認めなかった
     
    この前向き研究では, BRCA陽性乳癌の予後は,BRCA陰性の一般の乳癌と比べて決して悪くないことが示されている
    BRCA陽性のtriple negative 乳癌では短期間(2年)の予後は一般の乳癌よりも良好な傾向も示された
     

BRCA1/2はがん抑制遺伝子としてしられている.

TP53のように細胞周期を直接抑制するgate keeperではなく, ゲノム安定性に必須なcare taker型がん抑制遺伝子で, DNA損傷修復, 細胞周期チェックポイント制御, クロマチン再構成remodeling, 中心体制御など多彩な機能を有している. *18. これらはすべてゲノム安定性を維持するための機能である.

DNA損傷応答/修復はヒト発がんの抑制に機能する一方, DNA修復機能が亢進しているがん細胞では抗がん剤や放射線による細胞死が誘導されにくく治療抵抗性となる.

BRCA1/2の機能のうち, DNA相同組み換え修復(homologous recombination repair: HRR)は, 最も重要で, PARP(Poly(ADP-ribose)polymerase)阻害剤の感受性を左右する.

  • BRCA1 BRest CAncer 1 gene, BRCA1 DNA repair associated., 17q21
     
    BRCA1はHRRにおいて, 1) 切断端削り込みによる1本鎖DNA(ssDNA)の伸長, 2) 仲介役のPALB2を介して, BRCA2と結合し, BRCA2を損傷局所へ誘導する, 2つの過程で必須である.*19 *20 1)の十分な長さのssDNAがないとssDNAは姉妹染色分体へ侵入できない.
     
  • BRCA2 BRCA2 DNA repair associated., 13q12.3
     
    BRCA2の機能はBRCA1が多機能を有するのに比べ, HRRに限定している. BRC repeatと呼ばれる8つの繰り返し配列をもち, それぞれのBRC motifを介して, 複数のRAD51と結合する.
     
    BRCA1によりDNA損傷局所に誘導されたBRCA2は伸長したssDNAにRAD51を供給する. RAD51はリコンビナーゼという酵素であり, ssDNAに結合してDNA-RAD51フィラメントを形成し, 姉妹染色分体に侵入してホモロジーサーチ(相同部位探索)を行う相同組み換え修復のエフェクター分子として働く.
     
    BRCA2の細胞局在は時空間的に異なり, 細胞周期間期には中心体に局在し, その複製やポジショニングを制御する(中心体ダイナミックス制御)
     
    BRCA2は分裂期には染色体に結合し, 染色体維持・分配に関与する(染色体分配制), 細胞質分裂では2個の娘細胞の中間体切断を制御する(細胞質分裂制御)
     
    BRCA1,2はDNA損傷修復をはじめ, 中心体ダイナミクス制御, 染色体分配制御, 細胞質分裂制御と細胞周期の各時期や場所においてゲノム安定化に機能している.*21

DNA二本鎖切断(double-strand break: DSB)を配列エラーなく元通りに修復する機構がHRR. 細胞にとって, DSBは一本鎖切断(single-strand break: SSB)にくらべより致命的であり, 可及的速やかに修復する必要がある.

DSBは, アントラサイクリン系や架橋剤などの化学療法薬, 放射線の他, DNA複製にともなって発生する.

DSBの修復機構には, 切断端を単純に再結合する, 非相同末端再結合(non-homologous end-joining: NHEJ)と姉妹染色分体を鋳型にして損傷部位をより正確に修復するHRRがある.*22*23

細胞周期において, HRRが可能なのは姉妹染色分体が存在するS期およびG2期に限られる. G1期の細胞はNHEJにより修復される.NHEJは比較的正確であるがDSBの生じ方によってはエラーを起こす可能性がある.

 

相同組み換え修復メカニズム

相同組み換え修復(homologous recombination repair; HR) *24

DNArepair_Kumikae.jpg

DNA二重鎖切断は染色体の欠失や転座をひきおこす重篤なDNA損傷で, 電離放射線により誘発されることが知られていた.

最近の研究では, 損傷塩基と複製フォークの衝突によってもひきおこされることが示された.

塩基, およびヌクレオチド除去修復では, 損傷塩基を除去後に無傷の一本鎖DNAを鋳型にして修復合成できるが, DNA二重鎖切断にはこの方法が使えない. 修復には, S期あるいはG2期に存在する姉妹染色体分体の相同な部位を鋳型として使用する.

1. 損傷部に複合体MRN(MRE11/RAD50/NBS1), BCRA1, およびDNAヌクレアーゼCtIPとの複合体が形成される.

2. CtIPがDNA切断端から3'側のDNAを切除して, 一本鎖DNAを生成, RPA(複製タンパク質A)との結合により安定化する.

3. 次にBRCA2がRPAとRAD51との交換反応を促進, 一本鎖DNAにRAD51が巻きついたヌクレオフィラメントを形成する.

4. RAD51フィラメントは, 姉妹染色分体の塩基配列が相同な部位に侵入し, CtIPが分解した一本鎖のそれぞれが修復合成される. その後, ホリデイジャンクション中間体を経由して修復が完了する.

  • ホリデイジャンクションはHolliday Rにより遺伝子組み換え機構を説明するモデルとして提唱された. 二本のDNA二重鎖の一本鎖の鎖間交換により, それぞれのDNA二重鎖が鎖と交換していない鎖からなりたつ中間体構造.

5. MRN複合体の成分NBS1を欠失したナイミーヘン症候群(Nijmegen breakage syndrome: NBS)では高頻度にリンパ腫の発生が報告されている.

BRCA1, BRCA2は家族性乳がんのタンパク質でありゲノム安定性に重要なタンパク質である.

家系内集積性乳がん/ 家族性乳がん: 家系内に複数の患者さんがみられる乳がん.*21

遺伝性乳癌: 家系内集積性乳がん/ 家族性乳がんの中で常染色体顕性(優性)遺伝性の遺伝子の存在が強く示唆される乳癌*21

全乳がんの15-20%が家族性乳がんで, その約1/3が遺伝性乳がん(全乳がんの5%)

遺伝性乳がんの60-70%がBRCA1/ BRCA2遺伝子の変異により発生する遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(hereditary breast and ovarian cancer: HBOC).

 

合成致死性, PARP阻害薬の作用機序

合成致死性(Synthetic lethality): 酵母遺伝学の言葉で, ある1つの遺伝子Aに欠損がおこっても, その機能が他の遺伝子Bにより補完されると細胞は何ら不都合がないのに対し,
お互いに補完しあう遺伝子A, B両方に欠損がおこると細胞が死ぬ現象.

PARP阻害薬の作用機序は合成致死性であり, この場合の遺伝子AはPARP, 遺伝子Bは, BRCA1/2を含むHRRに必須な遺伝子となる.

PARPの機能

PARP(poly(ADP-ribose) polymerase)は, ポリADPリボシル化により側鎖をもつADPリボース鎖を, PARP自身を含む標的タンパク質に付加する酵素である.

ADPリボース鎖は種々のDNA修復タンパク質をDNA損傷部位に誘導し, DNA一本鎖損傷修復(single-strand break repair:SSBR)*25,と代替非相同性末端再結合(Alternative non-homologous end-joining: Alt-Ej)に必須な役割を果たす.

ヒトではPARPは18ものメンバーをもつファミリーを形成するがこれらの機能に関わるのは主にPARP1であり, PARP2は一部補完的な役割を果たしていると考えられている.

 
  • PARP阻害薬によりDNA複製途中などで生じる一本鎖切断を修復するPARPを阻害すると塩基除去修復が機能しないため細胞は一本鎖切断を二本鎖切断に変換し, 二本鎖切断修復機能を使って修復を試みる.
  • このときBRCA変異などによりHR修復機構が行えない場合, 非相同末端結合(NHEJ)やマイクロホモロジー媒介末端結合(MMEJ)による修復が行われるか, または修復がおこなわれず二本鎖切断が持続する.
  • NHEJやMMEJなどによる修復は非常にエラーが多く, これらの機構で修復された細胞にはゲノムの複雑な再構成が生じ, 細胞死が誘導される.

従来の抗がん剤の腫瘍効果はDNAを損傷させ細胞死を誘導するものであり, BRCA変異などによりDNA損傷修復能が低い細胞では合成致死(synthetic lethality)が誘導されやすい. 実際DNA損傷修復能が低いHBCOはDNA障害型抗がん剤(カルボプラチンなど)に感受性が高いことが明らかになった

PARP阻害薬のPARPに対する作用

  1. PARP酵素活性阻害; PARPのDNA一本鎖切断修復を阻害する.
     
  2. PARPのDNAへの取り込み(PARP trapping); 修復のためDNA損傷部にリクルートされたPARPがDNAから遊離するのを阻害する. DNA-PARP複合体が増加しDNAを損傷する.
     
  • ´△料蟆壇あるいは相乗効果による抗腫瘍効果がPARP阻害剤の効果と考えられる.

漿液性卵巣がんの合成致死療法--niraparib

漿液性卵巣がんのゲノム解析では, 約50%にBRCA1・2遺伝子, Fanconi貧血関連遺伝子, EMSY遺伝子, PTEN遺伝子などの異常がみつかりDNA損傷のHR修復機構が低下している可能性が示唆され, これらの卵巣がんには, PARP阻害薬, あるいはカルボプラチンなどの白金製剤による治療が有効と考えられた.

  • 卵巣がんで白金製剤に感受性を示したが再発した症例をBRCA遺伝子変異陽性群と陰性群にわけ, 各々をさらに無作為化しPARP阻害薬 niraparib治療群とプラシーボ群の無増悪生存期間を比較するとBRCA遺伝子陽性群でのniraparib治療群が優位によ良かったとする結果が報告された. *26
  • BRCA遺伝子変異陰性群でもniraparib治療群で無増悪生存期間が良かったためにゲノムワイドな解析情報であるhomologous recombination deficiency(HRD)scoreを作成, 組み込んだ解析では, HRD score陽性がniraparib治療の無増悪生存期間のよい指標になると示された.*27
  • BRCA遺伝子変異陰性, HRD score陰性でもniraparib有効例が存在することからHRD scoreはまだ改善の余地があるとされている. *26

PARP阻害薬の耐性機序と感受性症例の選定

BRCA1・2遺伝子変異があっても, DNA損傷修復機能が保たれ, PARP阻害薬に抵抗性を示す症例があるため, BRCA1・2遺伝子変異陽性乳がん/卵巣がんを対象としたPARP阻害薬の臨床試験は期待したほどの治療効果はえられなかった.

  1. BRCA変異による機能消失に対し, BRCAの二次的変異により部分的にDNA損傷修復機能が回復している.
     
  2. BRCA変異に加えて53BP1やRNF168の障害による部分的にDNA損傷修復機能が回復している.
     
  3. PTIPの障害, CDH4, PARPの過剰発現による複製フォークの保護
     
    P糖タンパク過剰発現による薬剤耐性など

PARP阻害薬感受性症例の選定方法

1.recombination proficiency score(RPS)*28: DNA損傷修復に関わる遺伝子の中から4種類の遺伝子(Rif1, PARI, RAD51, および Ku80)を選び遺伝子発現量を利用する.

これら4種類の遺伝子発現量が多い場合を lowRPSとし, low RPS腫瘍は変異原性が高く, 臨床症状が高度で低生存率. HRの抑制はゲノム不安定性をより強くして悪性度の進行をきたすと推察される.

2.homologous recomibination deficiency score(HRD): PARP阻害薬の感受性例を選別するためにがん組織のDNA損傷修復機能を数値化した指標.*27

SNPアレイとシークエンス技術を組み合わせた情報からゲノムの再構成の状態を解析して

  1. loss of heterozygosity(HRD-LOH)スコア
  2. telomeric allelic imbalance(HRD-TAI)スコア
  3. largescale state transition(HRD-LST)スコア の3種を算出統合.

HRDスコアが高い(positive)症例はDNA修復能が低く「感受性」であり, スコアが低い(negative)症例はDNA修復能が維持されているために「抵抗性」である可能性を示す.

乳がんの体細胞変異

GeneticLandscape.jpg

大多数の乳癌は散発性(>80%)であり, 多くの体細胞性遺伝的変異の蓄積により発症する. 典型的な乳癌は50〜80の種々の体細胞変異をもつと報告されている.*29*30

これまでに数百の体細胞性乳癌遺伝子候補が, GWASなどにより同定されている.遺伝子変異が乳癌発症にどのような機能をはたしているかを解析することが今後の課題であるが, これまでに同定されたDNA変異の 多くはパッセンジャー(passenger)変異であり発がんに影響をあたえていない.*29*30

細胞増殖を促進し発がんに関係するドライバー(driver)遺伝子は定義上, 候補がん遺伝子(candidate cancer gene;CAN)に含まれる.*31

体細胞変異とCANの網羅的目録が蓄積されており, 特定のドライバー変異が複数の乳癌集団中に同定され, 二層性の遺伝学的俯瞰図(genetic landscape)が示される.(右図;図はcolorectal cancerのもの.*30.); 少数の高頻度変異がつくる「山」数百のまれな変異が形成する「丘」から構成される.

乳癌での「山」は, TP53, CDH1, PI3K, AKT, cyclinD, PTENなどの高頻度変異遺伝子に対応している. 一方, 乳癌での「丘」は, 典型的には乳癌の5%以下に認められる*13.
これらの乳癌のDNA変異多様性は, 腫瘍の性状や治療反応性などの表現型の多様性の原因となる可能性がある.*32

 

「山」に注目した遺伝子解析がおこなわれてきたが, 最近の解析結果では, 乳癌でより重要な役割を果たしているのは「丘」の遺伝子であり, わずかな生存優位性をもった個々の変異を多数獲得することが腫瘍の進展を促進すると考えられるようになった.

「丘」を構成する低頻度の変異の多くは, 乳癌発症にかかわる少数の生物学的グループあるいは細胞シグナル伝達経路へと集約でき, genetic landscapeの複雑性は大幅に単純化されるようになった. 個々の変異より共通する経路が乳癌の発生過程を制御しているといえる.*32

  • インターフェロンシグナル経路
  • 細胞周期チェックポイント
  • BRCA1/BRCA2関連DNA修復
  • p53
  • AKT
  • transforming growth factor receptor-β(TGF-β)シグナル経路
  • Notch
  • EGFR
  • FGF
  • ERBB2/ Her2
  • RAS
  • PI3K
     

乳癌では反復性の点変異は他の固形腫瘍と比べて少ないが, ゲノムの特定領域がしばしば増幅しており, そのような領域ではがんの進展を促進する遺伝子が含まれている.(ie. HER2がん遺伝子を含む17q12 )

HER2がん遺伝子を含む17q12;領域は増幅すると悪性度が高まり抗体療法であるtrastuzmab;Herceptinの標的となっている
17q12内で一緒に増幅されている遺伝子をRNAiでknockdownすると細胞増殖は抑制されアポトーシスが亢進する.
17q12増幅領域はがん化にかかわる協調的な遺伝的プログラムをコードしていると考えられる.*33

17q12以外に, 11q13(CCND1), 8q24(MYC), 20q13などの増幅領域ががん形質を促進し乳癌の予後を決定すると考えられる*34.
これらの領域には, DNA代謝や染色体完全性(chromosomal integrity)の維持に必要な遺伝子が含まれ, 抗がん治療に使用されるDNA障害性薬物への応答性が特定の増幅領域により影響されている可能性がある.*35*36

  • これらの増幅領域はHER2の増幅した腫瘍で頻度が高く腫瘍性状と患者さんの予後に影響しているかもしれない.
  • これらの遺伝的異常の機能的影響は個々の遺伝子の発現過剰よりも, 増幅領域に含まれる遺伝子の組み合わせによるところが大きいのかもしれない.

数百から数千のmRNAを同時に評価する技術の開発により, 異常なDNAから転写された mRNAsの発現パターンから活性化されたプログラムや腫瘍の性質を予測することが可能となった(分子シグネチャー)---> 乳癌の分子分類


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添付ファイル: fileGeneticLandscape.jpg 105件 [詳細] filemark-B.jpg 91件 [詳細] filemark-Or.jpg 102件 [詳細] filemark-R.jpg 98件 [詳細] filebreastCa-her.jpg 134件 [詳細] fileDNArepair_Kumikae.jpg 283件 [詳細]

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Last-modified: 2019-10-03 (木) 08:15:51 (20d)