MDSの遺伝子異常-エピジェネティック制御因子をコードする遺伝子の異常
エピジェネティクス(epigenetics)とは、一般的には「DNA塩基配列の変化を伴わない, 細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域」*1*2
epi(ep-)= 接頭辞:ギリシア語由来, upon, near to, in addition. epigenesis: 後から創造,epigenetics;後成的遺伝学 *3
エピゲノム epigenome †
DNA塩基配列そのものの変化を伴わず遺伝する、または細胞分裂後にも継承される遺伝子発現システムであり、その制御機構には1)〜4)が挙げられている.*4
1) DNAのメチル化
2) ヒストンの修飾 ( メチル化, アセチル化, SUMO化, リン酸化, ユビキチン化など)
3) クロマチンリモデリング因子-->chromatin remodeling factor クロマチンリモデリング因子のページへ移動
4) non-coding RNA-->non-coding RNAのメチル化制御のページへ移動
細胞分裂の際に娘細胞に維持・伝達される遺伝情報をエピゲノムという。
DNAのメチル化
DNAメチル化には 生理的に認められるメチル化と変異原物質などによるDNA付加体(addict)としてのメチル化とがある。
生理的に認められるメチル化の代表はシトシンのメチル化(5-メチルシトシン 右図)で, 遺伝子転写調節などに重要な働きをする。
シトシンのメチル化は5'-CG-3'という塩基配列の部位(CpG部位)で両方のDNA鎖のシトシンに認められる。
遺伝子のプロモーター領域がメチル化されると転写活性は抑制される
5'-CpG-3'の2塩基配列中のシトシンメチル基修飾 -->転写抑制に働く機序については2つの機構が存在する.
- 1)転写因子が認識配列内のメチル化により結合できなくなり結果として転写が抑制される.
例えば、E2F, CREBやc-Mycといった転写因子は認識配列のメチル化を受けると結合ができなくなる.
- 2)メチル化CpGを特異的に認識するタンパク; メチル化DNA結合タンパク質(methyl-CpG-binding protein)による転写抑制機構, 不活性化機構が存在する.
- メチル化DNA結合タンパク質はヒストン脱アセチル化酵素複合体, クロマチンリモデリング複合体やヒストンメチル化酵素と結合することが報告されており, メチル化されたDNAにこれらの複合体をリクルートすることで転写抑制因子として機能していると考えられている.
ゲノム全体の網羅的メチル化解析より転写が抑制された遺伝子のプロモーター領域だけでなく, 転写が活性化された遺伝子の遺伝子内領域(gene body)にもメチル化が存在することが明らかになった. *5
- ゲノム全体で比較するとプロモーター領域よりも遺伝子間や遺伝子内領域のほうがメチル化をうけている.
- 遺伝子内領域がメチル化されている遺伝子は発現が高い傾向にある. 遺伝子内領域メチル化と転写活性は正の相関があるものの, その生理的意義はわかっていない.
脊椎動物の細胞ではシトシンのメチル化が遺伝子の働き方を子孫細胞に引き継ぐ重要な機構になっている。シトシンのメチル化型である5-メチルシトシン(5-メチルC)とシトシンの関係はチミンとウラシルの関係と同じでありメチル化されても塩基対形成には影響しない。
脊椎動物のDNAでは, DNAのメチル化(DNA methylation)はCG配列中のシトシン(C)ヌクレオチドに限られている。この配列はDNAらせんのもう一方の鎖の同じ配列(逆方向)と塩基対を形成する。したがって, DNAのメチル化パターンは単純な機構で娘鎖DNAに直接受け継がれる。
DNA鎖複製後は一時的に一方のDNA鎖のみがメチル化された状態(ヘミメチル化状態)となるがDNAメチル基転移酵素(methyltransferase)により元どおりの両方のDNA鎖がメチル化された状態となる。従って細胞分裂後もメチル化されたCpG部位はメチル化されたまま, されていないCpG部位はされていないままで保たれる。
維持メチラーゼ(maintenance methyltranferase)はメチル化されているCG配列と塩基対形成するCG配列に優先的に作用し親鎖DNAのメチル化パターンが娘鎖DNAのメチル化の鋳型となり, 複製後も受け継がれる。
ゲノム内特定領域のシトシンメチル化を一塩基から検出するBisulfate sequence法 †
DNA塩基のBisulfate試薬に対する感受性の違いを利用することが実験の「ミソ」. Hayatsuらにより基本原理が見いだされ*6, 1990年代よりDNAメチル化解析に汎用されるようになった.
- Bisulfate処理により, シトシン(C)は脱アミノ化されて, ウラシル(U)に変換される.
- 一方, メチル化シトシンはBisulfate処理による脱アミノ化によってチミン(=5-メチル化ウラシル)へ変換されるが, この反応には非常に長い時間を要するため, 一定処理時間内では, メチルシトシンはメチルシトシンのままとなる.
- メチル化を調べたい目的の領域をPCRで増幅すると, シトシンから変換されたウラシル(U)はチミンに(T), メチルシトシンはシトシンとして増幅される.
- シークエンスで決定された最終配列ではもとがシトシン(非メチル化)ならチミン(T)として, メチルシトシンならシトシンとして読まれ[ Tなら非メチル化, Cならメチル化になる], メチル化パターンが決定される.
- SNPがある場合はこの一塩基多型をメチル化あるいは非メチル化と誤認してしまうことがある.
SNPによりCG-->TGとなっていると, Bisulfate反応産物のシークエンスではTGとよまれるので, もともとメチル化が入っていないのに非メチル化シトシンとして誤認される. 間違いを防ぐためSNPの検討をしておく必要がある.
脊椎動物の発生過程ではDNAメチル化パターンは動的であり, 受精直後にゲノム全体で波状の脱メチル化がおこり, DNAからほとんどのメチル基が外される。つまりエピジェネティックはリセットされる。
この脱メチルは維持メチラーゼ活性が抑制されてDNA複製のたびにメチル基が受動的に失われたり特異的脱メチル酵素が働くためと考えられる。
発生がすすむと塩基配列特異的DNA結合タンパクによりDNAにひきよせられた新規修飾DNAメチラーゼ(de novo DNA methyltransferase)群が隣接したCGヌクレオチドをメチル化し新たなメチル化パターンをつくる。
DNAのメチル化の最も重要な役割は, ほかの遺伝子発現調節機構と連携し正確に子孫細胞に伝わる効率的な遺伝子発現様式を確立することである。これで不要な遺伝子が強く抑制される。
がんのCpG island methylator phenotype(CIMP) †
細胞内でepigenomeの「書き込み(Writer)」, 「消去(Eraser)」をおこなう修飾酵素, epigenome修飾状態の「読み取り(Reader)」を行うタンパク質によりエピゲノムが維持され細胞分裂後も娘細胞に継承される.
近年の大規模ながんゲノムシークエンス解析により, がん細胞ではエピゲノムの書き込み, 消去, 読み取りにかかわる多くの遺伝子に変異が存在することが報告されゲノム異常とエピゲノム異常が相互に影響し腫瘍発生に関わっていることが明らかになってきた.(Fig; DNAメチル化関連因子)
大腸癌, 脳腫瘍 肺腺癌などではDNAメチル化が高頻度に集積した, CpG island methylator phenotype(CIMP)とよばれる病型群が存在し病理学的特徴, 予後, 発がん経路などとの相関が明らかになってきている.
CIMP発生の原因は, メチル化シトシンをヒドロキシメチル化シトシンに変換するTETタンパク質の制御異常によりCIMPが獲得されることが最近示唆されている.*7*8
脳腫瘍 Glioma CIMP(G-CIMP)症例ではIDH(isocitrate dehydrogenase)の遺伝子異常が高頻度に認められる. 変異型IDH酵素により産生される2-ヒドロキシグルタル酸がTETタンパク質の活性を阻害し, G-CIMPを発生させると考えられている.*9
DNAメチル化はDNAメチル基転移酵素(DNA methyltransferase;Dnmt)により触媒されている.DnmtがS-アデノシルメチオニン(SAM)をメチル基供与体としてシトシンの5位炭素をメチル化する.
哺乳類では, 新たにDNAをメチル化するde novo型メチル化活性を担うDnmt3aおよびDnmt3bの他, DNA複製時につくられる片方の鎖のみにメチル基が存在するへミメチル化状態を解消する維持型メチル化活性を担う酵素のDnmt1の3つが同定されている.
ヒストンの修飾 †
ヒストンの修飾--アセチル化
転写活性化と最もよく相関の確認されているヒストン修飾。p300/CBPやp300/CBP-associated factor(PCAF)などの転写コアクチベーターがヒストンアセチル化酵素(histon acetyltransferase;HAT)活性をもつことがわかっている。*10
ヒストンのアセチル化はヒストン陽性荷電を中和し陰性電荷のDNAとの結合を緩めると考えられる他, アセチル化ヒストンを認識するブロモドメイン(bromo domain)を有するタンパク質が結合することで転写活性化に働くとも考えられる。
ATP依存性クロマチンリモデリング因子や基本転写因子複合体の中にbromo domainをもつタンパク質が含まれる*11
転写コリプレッサー複合体にはヒストン脱アセチル化酵素(histon deacetylase; HDAC)が含まれている。HDACはclassI(HDAC1, 2, 3, 8), classII(HDAC4, 5, 6, 7, 9, 10), NAD依存性のclassIII(Sir family), およびclassIV(HDAC11)に大別され異なる転写抑制複合体を形成している。*12
ヒストンの修飾--メチル化
ヒストン, H2A, H2B, H3, H4には、それぞれがヌクレオソームの外側、テール(tail)と呼ばれる部分にペプチド鎖を構成している。このペプチド鎖は, メチル化, アセチル化, リン酸化, ユビキチン化, SUMO化, 糖鎖などの修飾を受け, 多数のリーダー蛋白を結合させる。これら, 遺伝子の制御領域近くにあるヌクレオソームのヒストン修飾の組み合わせが、その遺伝子の転写効率に影響する: ヒストンコード仮説

ヒストンコードは遺伝子活性化に大きな役割をもつ。
H3の4番目リジン(アミノ酸の記号で, K)のトリメチル化(H3K4me3と記載)はポリメラーゼを動員し転写を活性化させる。一方同じH3でも27番目リジン(H3K27me3)のトリメチル化は転写を不活性化させる。
H3K27メチル化(H3K27me3)
H3K27トリメチル化は転写抑制に関与する.
ポリコーム蛋白(PcG)はショウジョウバエで発見され, HOX遺伝子発現抑制にはたらく。PcGは脊椎動物でも保存され,
- 細胞周期
- インプリンティング
- X染色体不活化
- 細胞運命決定
- 組織恒常性
- 腫瘍形成
- 幹細胞分化・発生制御 に深くかかわっている*13
ポリコーム群(polycomb group: PcG)遺伝子(<--クリック: 関連ページ)
- PcGは2つの複合体, PRC1とPRC2に大別される; PRC(=Polycomb repressive complex; ポリコーム抑制複合体)
- PRC2は触媒ドメインEZH2, SUZ12(JJAZ1), EED蛋白質からなり, H3K27のジメチル化およびトリメチル化をおこなう。
- PRC1はメチル化H3K27を認識結合して, ヒストン2Aの119番目リジン(H2AK119)をモノユビキチン化する。
- ES細胞においては, PcGの標的である分化制御遺伝子群はH3K27me3により転写抑制されている。
EZH2 [enhancer of zeste homolog 2 (Drosophila)] location: 7q35-q36 †
EZH2 --http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/2146
enhancer of zeste 2 polycomb repressive complex 2 subunitprovided by HGNC
Also known as WVS; ENX1; EZH1; KMT6; WVS2; ENX-1; EZH2b; KMT6A
Location: 7q35-q36
23 exons
EZH2 は Polycomb Repressive Complexes 2/3 (PRC 2/3) の他のコンポーネントとの結合に依存した活性を持つ histone-lysine methyltransferase。PRC2 複合体は EED、EZH2、SUZ12/JJAZ1のコアタンパクの他、RBBP4、RBBP7 から成り立っています。
近年種々の癌においてH3K27me3の触媒酵素であるEZH2の異常発現が報告されている。細胞内におけるH3K27me3レベルは厳密に制御されることが重要と推察される。
- 前立腺癌, 乳癌, 大腸癌, 皮膚癌, 肺癌などの固形癌ではEZH2が過剰発現し
- 濾胞性リンパ腫, DLBCLの10-20%においてはEZH2の不活性変異やハプロ不全が見られる*14
- EZH2の発現異常と細胞癌化の詳細な分子機構解明がまたれる。
myeloid malignanciesにおけるEZH2機能*16 †
- 骨髄性腫瘍において機能喪失変異や不完全発現など、種々の機構によりEZH2のトリメチル化活性が低下している。
- del7q/-7症例においてはhaploinsufficiencyにより、またEZH2のdiploid locusではそれ以外の機構により不完全な発現を招来している。その一つはU2AF1変異と関連した, EZH2 pre-mRNAのスプライシング異常と推定される。
- Spliceosome genes, 中でも, U2AF1, SF3B1, SRSF2の変異はMDS,一次、二次白血病においてしばしば認められることが報告されており*17*18, このため骨髄性腫瘍におけるPRC2機能不全の有病率はEZH2の変異よりも高率に認められることになる。